駄目なら駄目で構わない、但し決して許しもしない


「…そう言えば、近頃貴方の姿を法廷でも姿をみませんね。」
 歓談の空白に、霧人がぽつりと呟く。
 口元に変わらぬ笑みを湛えたままで、しかし、眼鏡の奥の瞳だけは探るような鋭い視線を送ってくる。
 そうして、兄の訪問の目的が陣中見舞いなどではないのだと納得し、響也は『そうだね』と視線を返す。真っ直ぐに目を見つめれば、霧人が微かに眉を潜めたのがわかった。
「こっちの仕事が忙しくてさ。
 蔑ろには出来ない旨を上層部に伝えたらそういう措置を組んでくれた。元々、事件を選んで法廷に立ってた訳じゃないし、ただ上の方針だよ。」
 響也の答えは、予め霧人も考えていたものだったのだろう。軽く頷き眼鏡の抑えながら、視線を傾ける。レンズを遮る影が霧人の瞳を隠し、一瞬表情を捕らえにくくする。上がった口端は、常に笑みを浮かべる為のものではないことを響也は良く知っていた。
「それはそうかもしれません。でも、牙琉の『サラブレッド』は貴方なのですよ。」
「アニキも一緒だろ?」
「牙琉は『検事』の家柄ですので、私ではあてはまりませんよ。」

 父と口論していた様子が、響也の脳裏には浮かんだ。
 優秀な兄が何故父と同じ道を歩こうとしなかったのか、その理由など響也は知らない。けれど、そこに霧人なりの意地があったことだけは推測出来る。その証拠に法曹界にその身を置いた兄は常にトップの座を保ち続けている。
 
「よく言うよ。一流の弁護士って肩書は、いつもアニキの名前と共に聞くんだけどな。」
「自分の積み上げてきたものに対しての、責任と自負はあるつもりですから。そう受け取って下さい。…それだけの事です。」 
 
 しかし、どんなに兄が名声を得ようとも、父の態度は柔軟になりはしなかった。それまで、成績優秀で従順だった兄が、掌を返した様に自分と相対する職業に就いた事を、父は戸惑い、憤っていたのだと思う。
 己の信念に忠実で歩み寄ろうとはしなかったふたりに置き去りにされた家族という名の絆を留める為には、僕は急いで検事になる必要があった。
 高校を経て大学、そして法科大学院過程などやっている場合ではなく、留学の道を選んだ。あっちは本人の努力と才能次第で飛級が出来る。
 母国語ではない土地での高度な授業。今でこそ笑い話だけれど、当時は絶望感に囚われた事も一度や二度じゃない。天才検事なんて肩書はクソ食らえだ。

 響也。
 何度か名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。考え事をしていたせいで、兄の声を聞き逃していたようだった。次に兄の口から出た言葉が、これまでの会話と繋がらずに戸惑う。

「貴方は本当は音楽がやりたかったのでしょう?」
 
「…やってるよ?」
 随分と間が空いた上に、随分と間の抜けた答えだと響也自身も感じた。未だに出て来ない歌詞を絞り出している行為も音楽をやっているという事実だろう。
 ついでに、未だに歌詞が出てこないという現実も再確認し、頭を抱えたくなる。顔を曇らせた響也の様子を勘違いしたらしい霧人は自嘲とも思える言葉を響也へと向けた。
 変わらぬ笑みをその端正な貌に留めたまま。
  
「貴方は、こんな兄を疎ましいと思わないのですか?」
 
「私がいなければ、お前はもっと自由だったでしょうに。」

 一瞬だけ瞠目し響也は瞼を閉じた。必要な言葉を紡ぐため口を開く。

「そんな事ないさ、これは僕が選んだ事だから。」

 嘘ではないけれど、それは心を潤してはくれない言葉。
ケーキが残した甘ったるい後味を感じながら、響也は笑みを浮かべていた。

「アニキのこと好きだよ。」

 ねぇ、気付いているかい?

 アニキは自分から『好きだ』とは決して言わないんだ。僕の、周囲の人間から必要とされているという言葉を常に求めている。
アニキの心は読めないけれど、常に存在意義に関する不安を抱えている…ってプロファイルされるんだろうね。人々から賞賛を受ければ受けるほど、その心は孤独に苛まれる。なんて教わったっけ。

「好き…だよ?」

 小首を傾げてお伺いをたてれば、変わらず笑みを浮かべている兄が、安堵という感情を微かに滲ませるのを感じるのだ。
「私も好きですよ、響也。」
 軽く重ねられる唇は取り立てて性欲を呼び覚ましはしないけれど、行き着く行為を拒む訳でもない。小さな嘘で、世界が廻るのならば僕はそっと目を閉じよう。



〜Fin



お詫びの後書き(妄想)

 世間一般の仲良し兄弟がお好きな方すみません。
兄弟なのに、どうして弟の響也が「サラブレッド」で兄には肩書がついてないのかなぁという妄想でした。兄に憧れて検事になるっていうのも、自分的には納得がいかなかったんで(響也の性格が控え目ならば兄には勝てないから別の職業につくよとか言うんだろうけど、絶対違ってそうですし。)
それに、兄は恐らく普通に(旧司法試験)合格して就職な感じなのに、なんで弟は留学してまで17歳で就職しなければいけなかったのかとか…ううむ。
全部を無理矢理繋げたらこんな話しになりました。まあ、ゲームを深く追求してはいけないと言うことですよね。(苦笑

 DVも一種の依存でしょうけど、この兄弟はお互いに依存しあってる気がします。
協力とか信頼ではなくて、やっぱ依存って感じですね。
(ちなみに、王泥喜くんとは信頼な気がします。成歩堂さんとは共犯…な感じ。)
 兄はそれこそ自尊心は高いんだけど、それは素ではなくて彼が生涯を掛けて作り上げてきたもの。自分でも虚構であることがわかっているから、常に疎まれているのではないかと疑心暗鬼になってて、「どうなの?」と問い掛ける。そのバロメーターが弟なんだと思います。
 弟はそんな兄に勘づいていて、常に「大丈夫だ」という言葉を返す為に、頑張らなくちゃいけないと思ってるし、受け入れている。実はこれが結構大変で、本来こっちが潰れそうなものなんですが、ここら辺が『天才』故か、兄を受け止めるのに成功し、その為の努力が人生を成功に導いている。
 一見上手くいっている人間関係に、他の人からは見えるでしょうね。
(その実すげえ歪んでいる。)

 私は恋人同士もそうなんですが、関係ってどちらかがどちらかに頼っているように見えても、一方的では有り得ないと思うのです。

 …てか、私の妄想が世間から大きく歪んでるし。気分を害されたら本当にすみません。こういう屁理屈を無視した世界では、仲良し兄弟のお話とかも充分好きだったりします。弟が心配で心配でっていう、門限決めてそうな兄は可愛いです。(笑



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